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東京地方裁判所 昭和45年(ワ)9415号 判決 1973年11月30日

原告(反訴被告) 石黒善三郎

被告(反訴原告) 元吉巌

主文

一  原告が別紙物件目録記載(一)の土地につき、同目録記載(二)の土地を要役地とする、通行のための地役権を有することを確認する。

二  被告は原告に対し右(一)の土地上の万年塀(別紙図面(一)鎖線で示す位置)を撤去せよ。

三  被告の反訴請求を棄却する。

四  訴訟費用は本訴反訴を通じ被告の負担とする。

五  この判決は第二項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  本訴請求の趣旨

主文第一、二項同旨、訴訟費用は被告負担、撤去請求につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

請求棄却、訴訟費用は原告負担

三  反訴請求の趣旨

原告は被告に対し、金五一一、〇〇〇円および昭和四五年一月一日以後別紙物件目録記載(一)の土地の使用中一ケ月につき八五〇円の金員を支払え。

訴訟費用は原告の負担とする。

四  請求の趣旨に対する答弁

主文第三項と同旨、訴訟費用は被告の負担。

第二当事者の主張

一  本訴請求関係

(一)  請求原因

1 原告は、昭和二一年九月二三日、徳永とくから同人所有の別紙物件目録記載(二)の土地(以下甲地という)を買い、以後右土地を所有している。

2 被告は、同目録記載(一)の土地(以下本件土地という)を所有している。

3 地役権の時効取得

(1)  原告は、昭和二一年九月二三日頃、遅くとも同二四年一月末頃、本件土地を甲地から公路に出るための通路として開設し、原告の費用で補修、管理をして利用してきたもので、昭和三一年九月二三日頃、および同三四年一月末頃もいずれも通路として利用していた。

(2)  原告が本件土地を通路として開設するに当つては、これを通行の用に供する権利があると信ずるにつき過失はなかつた。

(3)  よつて、原告は、昭和三一年九月二三日、または同三四年一月末に、本件土地を甲地のために通行の用に供する地役権を時効取得した。原告は本訴において右時効取得を援用する。

(4)  事情は次のとおりである。

現在原告は甲地に居住し、被告は別紙目録記載(三)の土地(以下乙地という)に居住し、本件土地の乙地と反対側に接して同目録記載(四)の土地(以下丙地という)があり、徳永恒三郎がこれを所有し、黒岩吉三が賃借人として居住している。そして、丙地のうち本件土地に接する巾約一メートルの部分は通路として利用されている(なお、これらの位置関係の概略は別紙図面(一)参照。ただし、右関係土地以外の部分、とくにABCDと表示の部分を除く。赤斜線部分が本件土地、青斜線部分が丙地中通路部分)。

ところで、本件土地および甲乙丙地を含む近隣の土地は、古くは一条家の所有で、大正一三年七月九日に一条実孝が家督相続して所有者となつたが、その頃にすでに本件土地および丙地中通路部分は、甲地居住者のための公路への通路とされ、乙地との境および丙地中居住用部分との境には塀が設けられ、昭和二、三年頃以後は乙地の居住者も右の通路を利用するようになつていた。その後、昭和一六年一月一四日本件土地は分筆され、同年同月二二日、乙地とともに乙地の居住者であつた小笠原隆が買受け所有するところとなつたが、本件土地は従前どおり通路として利用されてきた。

戦時中付近は戦災にあい、また強制疎開の対象となつたため、戦後は附近一帯は家がなく、畑として利用されていたのを、原告が甲地を徳永とくから買つたもので、その当時は従前の塀はもちろんなかつたが、通路を示す境石はもとのまま残つていた。原告は昭和二四年一月末、甲地に家屋を新築することになり、通路を戦前どおり開設し、建築資材の運搬にもこれを利用し、以後公路への通路として利用してきた。一方、丙地には黒岩吉三が昭和二二年頃から家屋を新築して居住しており、昭和二四年一月頃には被告が乙地と本件土地を買つて乙地に家を建て、同年六月頃から居住するようになつた。

こうして、昭和二四年夏頃には、甲、乙、丙地の居住者が揃つたが、被告も黒岩も、当時原告が開設した通路の存在を認めており、昭和二五、六年頃被告が生垣を作るに際しても乙地と本件土地との境界の乙地側にこれを設置したし、黒岩も丙地中通路部分を空けて生垣を設置している。また、昭和二八、九年頃、本件土地の前を流れる渋谷川に橋を復旧架設したときも、原、被告および黒岩が共同して費用を負担している。その橋の巾も本件土地および丙地中通路部分の巾とほゞ同じであつた。被告は昭和三八年に前記生垣をブロツク塀にしたが、そのときも同じ位置に設置している。

このような事情にあつたところ、昭和四二年頃になつて原告と被告の間で紛争が起き、両者間で調停がなされていたのに、被告は昭和四四年一二月末の休日を狙つて突如本件土地上に万年塀を建てて原告の通行を妨害した。

被告は、原告は公路へ出るのに別紙図面(一)のABCDの土地を私道として利用していたというが、そのような事実はない。

4 地役権設定契約等(仮定的)

仮に地役権の時効取得が認められないとしても、昭和一六年一月二二日、甲、乙地および本件土地の所有者であつた一条実孝が乙地および本件土地を小笠原隆に売る際、両者間で甲地を要役地、本件土地を承役地として通行の用に供するための地役権設定契約が成立し、被告は昭和二四年一月二四日に小笠原から本件土地(および乙地)を買い受けるに際して右地役権を承認していたから、原告は被告に対しても右地役権を主張しうる。そうでないとしても、前記のような事情(3(4) 参照)にあつたから、原告は昭和二四年一月末から本件土地(および丙地の通路部分)を通路として開設して利用することにより、土地所有者に対し本件土地を甲地のための通路として利用する地役権の設定を黙示的に申し込み、被告は同年六月頃乙地に居住するに当り、これを黙示的に承諾したというべきである。

5 被告は昭和四四年一二月二七日、本件土地上に万年塀を設置し(別紙図面(一)鎖線部分)、原告の通行を妨害している。

6 よつて、原告は被告に対し、本件土地につき地役権の確認を求めるとともに、地役権に基づき万年塀の撤去を求める。

(二)  請求原因事実の認否

1 請求原因1・2の事実は認める。

2 同3(1) (2) の事実は否認する。同3(4) の事実中各土地の所有権の移転の経過および甲乙丙地の各居住者、各土地の位置関係、本件土地の分筆の事実は認めるがその余は否認する。

3 同4の事実は否認する。

4 同5の事実中、被告が万年塀を設置したことは認める。

5 事情は次のとおりである。

甲、乙、丙地および本件土地を含む附近一帯はもと一条実孝の所有であつたところ、昭和一六年一月二二日に小笠原隆が乙地および本件土地を買い受け、同人は乙地上の二棟の建物中奥の建物から公路に通ずる道路として使用していた。他方甲地は、他の附近の土地とともに、徳永とくが昭和一七年三月二七日一条実孝から買い受け、その後原告が昭和二一年九月二三日に徳永とくから買い受けたものであるが、徳永とくが買つた土地には、別紙図面(一)に記載のようなABCDの土地部分を結ぶ私道が開設されていた(同図面黒斜線部分)。原告が甲地を買い受けて以後もこの私道を通つて公路に出ていたのであり、本件土地はたまたま裏口として通つていただけである。徳永とくが原告に甲地を売る際、自己の所有地内に私道を開設して利用させるのは当然であり、現にそうしていたのである(原告がBC部分につき通行権を主張して争つていた事実もある)。本件土地と乙地は昭和二四年当時も畑として耕作の用に供されており、通路にはなつていなかつた。たまたま原告が本件土地を通ることがあつたが被告はその都度異議を述べ、原告が本件土地に下水管を設備したり、石炭がらをまいたりするので、厳重に抗議しており、原告も本件土地を通行する権利のないことは十分知つていたのである。原告は、甲地の一部が私道となつていたのを居住部分として利用するため、被告がたまたま本件土地の私道使用廃止に手間どつている間にこれを通路として利用することを企て、不当にも地役権の主張を始めたのである。

(三)  抗弁

かりに原告の地役権が認められたとしても、前記のような事情からいつて、原告の本訴請求は権利の濫用である。

(四)  抗弁事実の認否

否認する。

二  反訴請求関係

(一)  請求原因

1 本件土地は被告の所有である。

2 被告は本件土地中別紙図面(二)の斜線部分一六・九二平方メートルを原告の通路として承認する用意があるが、仮に本訴請求が認容された場合、三・三平方メートル当り一〇〇、〇〇〇円の使用承諾料と、昭和四五年一月一日以降原告が右部分を通行使用中は一ケ月につき三・三平方メートル当り一九〇円の使用料の支払を受けてしかるべきである。

よつて、本訴請求が認容される場合に備えて、右部分の使用承諾料と、昭和四五年一月一日以降原告が使用中(原告は右日時以降使用を続けている)一ケ月につき八五〇円の使用料の支払を求める。

(二)  請求原因事実の認否

請求原因1の事実は認める。

第三証拠関係<省略>

理由

第一本訴請求に対する判断

一  本訴請求原因12の各事実は争いがない。

二  地役権の時効取得について

(一)  本件土地および甲、乙、丙地の各所有権移転の経過および各地の居住者の変遷については争いがない。

(二)  本件土地の面積がわずかに三〇、九〇平方メートルであること、昭和一六年一月一四日に分筆されたこと、その位置、形状(いずれも争いがない)に証人小笠原隆の証言を綜合すると、戦前、乙地には小笠原隆が父母と共に、丙地には市川某が、甲地には貫名某がそれぞれ居住しており、昭和初年頃からは右三名がそれぞれ本件土地を渋谷川沿いの公路へ通る道として利用していたこと、本件土地から公道へ出たところにちようど渋谷川をまたぐ橋があつて区道方面へ通じていたこと乙地と本件土地の境には竹塀、丙地との境附近(正確には確認できない)には板塀が設けられていたこと、昭和一六年になつて小笠原が乙地を買い、あわせて本件土地を買つた(この部分の代金は市川も負担した)が、その後も土地の利用関係は従前とおり変化はなかつたこと、戦争が激しくなつて本件土地附近は戦災に逢い、また強制疎開の対象地域となつたこと、をそれぞれ認めることができ、これに反する証拠はない。

(三)  右に認定した事実と証人黒岩吉三の証言、原告本人の供述を合せると、本件土地の付近は戦後は家庭菜園として畑にされていてほとんど家も建つておらず、原告が徳永から甲地を買つた際(実は交換)、本件土地は徳永の所有で私道として使用できると聞かされていたこと、さらに成立に争いない甲第一号証の一ないし三を合せると原告は昭和二四年一月末頃から甲地上に建物の新築を初め、本件土地を通路として資材を運び入れたこと、その頃、原告は本件土地に下水排水用の土管を埋設して旧渋谷川への排水路とし、地上は通路としての形をととのえたこと、昭和二九年頃には本件土地から公路へ出たところにある旧渋谷川に、本件土地と同じ巾位の橋を架けたがその費用は被告と黒岩と原告(黒岩は丙地に居住していた)とが共同して負担したこと、原告はその後も本件土地に石炭がらを敷く等の手入れをし、下水用の排水管の埋設がえをしたことがそれぞれ認められ、また原告本人の供述により昭和三八年頃本件土地附近を写した写真であると認められる甲第三号証ないし第六号証、同四五年頃同じ附近を写した写真であると認められる甲第七号証ないし第一〇号証被告本人の供述の一部を加えると、被告は昭和二四年一月に本件土地および乙地を小笠原隆から買つて乙地上に建物を建て、原告より少し遅れて乙地に居住するようになつたが、昭和二六年頃には乙地と本件土地との境界の乙地側に生垣を設け、その後昭和三九年頃これをブロツク塀に改めたが、昭和四四年一二月二七日に本件土地上に係争の万年塀を作るまでは、本件土地は甲地から公路に至る通路として利用しうる状態のまま存置されていたこと、がそれぞれ認められる。

(四)  被告本人は、原告が本件土地を通行に供することにはその都度抗議しており、したがつて原告は本件土地を通行する権利のないことは当初から知つており、また現に別紙図面ABCDの私道があつて、原告はこれを利用して公道に出ていた、旨供述するけれども、前認定のように被告は昭和四四年一二月に本件土地を万年塀を設けるまでは、本件土地と乙地との境界に自から生垣を設置していたのであり、昭和三九年の改造の際も同位置にブロツク塀を作つていること、ABCDの私道と称する部分の戦前の状況はよく知らないこと、さらに、証人小笠原隆、同黒岩吉三の各証言、原告本人の供述と対比すると被告本人の供述はかなりあいまいな点が多と認められること、等から考えて、被告本人の供述はにわかに信用し難いところである。被告本人の供述により昭和三五年頃被告のいう私道部分の一部を写した写真と認められる乙第七号証の二も以上の認定を左右しうるものではない。

(五)  以上に判断した事実からすると、原告が昭和二四年一月末に本件土地を通路として開設して以後補修等をして同三四年一月末当時まで継続して通行の用に供してきたことが認められ、右通路開設当時、原告が本件土地を通路として使用しうると信じたことにつき過失はなかつたと認めることができる(占有の公然、平穏、善意は民法一八六条一項により推定される)。

なお、通行地役権の時効取得が認められるためには、所有者以外の者である原告が自から通路を開設したことが要件と解され、この点につき原告が昭和二一年九月二三日頃に本件土地を通路として開設したことを認めるに足りる証拠はないから、原告の右主張は理由がない。また、昭和二四年一月末頃の通路開設についても、その具体的内容としては、前判示のように、土地に下水用の排水管を埋め、地上を通路として使えるようにした程度と認められるけれども、前示のように通路として開設するとの要件を加重するのは、相隣地所有者の情誼上の黙認と区別するためであり、この点を逆にあまりに強調すると、通路の性質上およそ通行地役権の時効取得を全面的に否定するに等しくなり妥当でないから(ことに戦争直後の状況で、たとえば道路としての舗装等を開設の態様として要求するのはいかにも無理であろう)、右の程度の事実をもつて、時効取得の要件としての通路の開設と認めるのが相当である。

原告が本訴において時効取得の援用をしたことは訴訟上明らかである。したがつて、原告は、昭和三四年一月末に甲地を要役地として本件土地につき通行のための地役権を取得したとの主張は理由がある。

三  請求原因5の事実中、被告が本件土地上に万年塀を設置したことは争いがなく、そうすると、これは原告の地役権に基づく本件土地の通行を妨害することになるから、原告は地役権に基づきその撤去を求めることができるというべく、請求は理由がある。

四  被告は抗弁として原告の本訴請求は権利の濫用であるというが、原告の地役権が認められることを前提としてなぜ本訴が権利濫用となるのか、主張の趣旨は理解できず、主張自体失当というの他ない。

五  以上のとおりであるから、本訴請求は正当である。

第二反訴請求に対する判断

一  反訴請求原因1の事実は争いがない。

二  しかしながら、被告が主張する承諾料ないし使用料の請求については、とくにその支払いにつき合意があつたとの主張もないから(また、本件紛争の態様からいつてこのような合意があるはずもないが)、主張自体失当という他ない。地役権の時効取得者に対し、承役地の所有者が法律上当然に承諾料や使用料を請求しうるという根拠はない。

反訴請求は主張自体失当として棄却を免れない。

(裁判官 上谷清)

(別紙)物件目録

(一) 東京都渋谷区神宮前二丁目一八番一五

宅地 三一、九〇平方メートル(九、六五坪)

略称 本件土地という

(二) 同所一八番一六

宅地 一一〇・一八坪

略称 甲地という

(三) 同所一八番一三

宅地 九五・四四坪

略称 乙地という

(四) 同所一八番二七号

宅地 八九・二一坪

略称 丙地という

(別紙)図面(一)(二)<省略>

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